
土井 健氏
ohpner株式会社
ohpner株式会社(オープナー) 代表 土井健氏に聞く
AI全盛期のいま、街を走るトラック広告──「モビリティ広告(アドトラック)」があらためて注目を集めている。30年以上の歴史を持ちながら整備が進まなかったこの市場に、運用型テレビCM事業での実体験を携えて参入したのが、ohpner株式会社の土井健氏である。今回は、ユーザー・広告主・事業者それぞれの視点から見た市場成長の背景、製造から運用までを一気通貫で手がける同社の立ち位置、そしてモビリティ広告市場の未来像について伺った。
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会員登録すると期間終了後も閲覧できます1. 事業概要と、この市場に取り組んだ経緯
―― まずohpnerの事業概要と、モビリティ広告に取り組むことになった経緯を教えてください。
ohpnerは大きく二つの事業を手がけています。一つはオフライン広告の媒体づくり、つまりオフラインメディア事業。もう一つは、オフライン広告を使った企業の成長支援、いわゆる代理店事業です。その中で、オフラインメディアの領域でモビリティ広告──これまで「アドトラック」と呼ばれてきた分野に注力して取り組んでいます。
取り組もうと考えた背景には、前職の運用型テレビCM事業時代の経験があります。当時、自社で3年間に10億超の広告費を投じ、タクシー広告やエレベーター広告に出稿していました。その中でアドトラックにも出稿してみたところ、確かな反応があるということを自分の実体験として感じたのです。
一方で、この業界は30年以上の歴史がありながらも、非常に混沌としており、さまざまな整備がなされていませんでした。大きなポテンシャルがあるにもかかわらず、整備が行き届いていないという歪みを見つけたのです。そこで、自ら参入し、もう少し体制を整えたうえで、しっかりとした広告主、ナショナルクライアントにも使っていただけるものにして提供したい──そう考えて始めた、というのが背景です。
※参考:アドトラックをモビリティ広告へ再定義した理由——業界課題とその背景
2. 市場成長の背景 ―― 3つの視点から
―― 成長トレンドに入りつつある市場ですが、伸びている背景を、ユーザー・広告主・事業者それぞれの観点からお聞かせください。
2-1. ユーザーの背景
まずユーザーの背景でいくと、まさにAI全盛期に入ってきていて、消費者が普段生活する中で、悩むことなく自動的にサジェストされる状態になってきているのではないかと思っています。「あなたはこれが好きだよね」「こうしたいよね」というニーズが、各AIにすべて認識されているような状態になっている。人が自分の興味の範囲内で生きているかぎり、もう何も考えなくてもよいくらいの世界になってきていると感じています。
これはたびたび比喩として申し上げるのですが、リアルの本屋に行くときに、あるビジネスジャンルの本を買いに行こうと思っていたのに、店頭のランキングを見て「こんな分野のこんな本が出ているのか」と手に取る。ネット上では自分が手に取らなかったものを、リアルの本屋に行くと手に取ることによって、自分の新しい興味範囲が広がる、新しい知識を得られる、ということが起こると思っています。広告業界でいうオフライン広告とは、そうしたセレンディピティ(意図せぬ発見)を与えるものではないかと考えています。
普段の興味範囲では触れなかったことを、たとえばふと街を歩いていてトラックを見て、「こんな映画が始まるのか」「こういう夏向けの商品が発売されるのか」といった気づきによって、消費者やユーザーの新たな人生を豊かにする一歩、一助になるようなことができるのではないかと。AI全盛期だからこそ、このリアルなオフライン広告、私が手がけているモビリティ広告の価値は増していくのではないかと思っています。
2-2. 広告主の背景
広告主でいくと、先ほどの話に近いのですが、デジタル広告におけるAI活用が非常に進み、狙った相手に的確に訴求できる状況になってきています。一方で、それを続けた先の世界は、やはり縮小しやすいというか、自分のど真ん中のターゲットに、見てほしいものを届けるということを続けていると、決まった池の中で同じ魚を釣り続けるような状態になってしまいます。
それに対して、新たな顧客となりうる準顕在層に、自社の商品やサービスを知ってもらう必要は、どの産業のどの広告主にもあるのではないかと思っています。その手段としてのオフライン広告が、より注目を浴びてきて。私が手がけるモビリティ広告が人気を博しているのも、まさにそこからではないかと考えています。精緻なターゲティングができる反面、そこでしか獲得できなかった層だけでなく、本来もっと顧客になり得た層に対して新たな気づきを与える手段として、モビリティ広告への需要が高まってきているのだと思います。
―― コスト・コスパの面でも優れている、とおっしゃっていましたね。
オフライン広告の中でモビリティ広告のコストパフォーマンスは、相対比較で見たときに非常に良いと思います。もう一つ重要だと考えているのが、デジタル広告とオフライン広告を比較するときの「時間尺度」です。短期のCPAやCPOで言えば、リスティングなどのデジタル広告にはおそらく勝てないと思います。
一方で、私が時代に実感しているのは、タクシー広告を止めて数年経つのに、「あの時タクシー広告をやっていましたね」「トラック広告をやっていましたね」と、いまだに言われるということです。これはネット広告では絶対に起こり得ない世界で、「リスティングに50億円使っていました」という企業のことを、いったい誰が覚えているでしょうか。タクシー広告に5億円ほど、トラック広告に5,000万円ほどしか投じていない企業のことを、いまだに覚えてくださっている。これがまさにオフライン広告の価値の証明だと思っています。時間尺度を長く見たとき、認知のコストパフォーマンスは非常に高い。「このカテゴリーならこの会社」と思い返していただけるのは、ブランド資産を築いていく何よりの証拠ではないかと考えています。
ですから、腰を据えて属するカテゴリーや産業で戦っていこうという広告主にとっては、もはや避けて通れない道になっているのではないかと思います。短期で一気に刈り取ろうということであればデジタル広告のほうが適しているかもしれませんが、中長期でカテゴリーメイキングをしよう、このカテゴリーでナンバーワンになろう、シェアを取ろうと考えるのであれば、絶対に避けて通れない手段だと思います。
―― BtoBの企業も多いと思いますが、ターゲットが限られる中で、モビリティ広告を使う魅力はどこにあるのでしょうか。
ターゲットがある程度セグメントされて限られていたとしても、その人たちに届けられる手段は、やはり限られていると思っています。たとえばBtoBの場合、社長や決裁者に届けたいというニーズが多くあります。タクシー広告を大量に投下することも多いのですが、タクシーには乗らずハイヤーを使う決裁者もいらっしゃる。そうした方々にどう届けるかとなったときに、街中で必ず目に入るトラックであったり、オフィスに着いたときのエレベーターであったり。
すべてを一つの媒体で解決するのではなく、タクシーでも見て、街のトラックでも見て、オフィスのエレベーターでも見る、という複合接点をオフライン広告で複数つくっていくことが非常に重要だと考えています。その中の一つの手段としてのモビリティ広告は、リーチ単価で見てコストパフォーマンスが良いですし、その方に直接届かなかったとしても、周囲の人が話していると「最近よく耳にするな」と気になってくる。BtoCであろうがBtoBであろうが、人は知っているものを選ぶ、というのはこれまでの実績で証明されていますので、手段としては十分に有効ではないかと思っています。
2-3. 事業者(供給側)の背景
モビリティ広告の提供事業者でいうと、私が参入して以降、多くの事業者が追随して参入してきたと感じています。市場が盛り上がっていくこと自体は、非常にポジティブなことだと捉えています。
その中で何を意識しているかというと、これはネット広告やネットのベンチャー事業とはまったく異なり、非常にフィジカルな要素が関わってくるということです。トラックをどのように購入するか、どのように改造するか、運転手をどのように雇用するか、条例を守るオペレーションをどう組むか。1台や2台であればよいのですが、10台を超えたときにどうオペレーションを回していくか。難しいポイントが複数あり、そこをやりきれる事業者が果たして何社あるのだろうか、というのが正直な実感です。
多くの事業者は「販売」に目が行きがちなのですが、本質は「製造」と「運用」のほうにあります。ここを突き詰めてきたことが、台数が増えれば増えるほど強みになっていくと感じています。
3. 現在の市場規模感と成長スピード
―― 現在の市場規模感や成長スピードを、現場の肌感覚としてどう捉えていますか。
さらに大きくなっていく可能性があるのではないかと思っています。これまではクライアントが1社で、半年ほど単発で実施していただくケースが多かったのですが、現在は5〜6台規模を一気に、半年から1年にわたって展開しようというクライアントが出てきています。
やはり、他のオフライン広告やOOHと比べて明らかに安い。この魅力を、正直なところ私自身もまだそこまで多くの方に伝えられていなかったと思うのですが、ここ最近はだいぶ伝わってきており、それが一つの契機になりそうだと感じています。2027年あたりはさらに伸ばせるのではないかと思っていますし、当社としても増産体制をさらに整えていく考えです。
一方で、地域の規制動向には注意が必要です。福岡では条例が変わって規制が厳しくなり、10月以降、4トンロングのトラックを走らせづらくなるといったことが起こります。東京では2〜3年前に規制が厳格化して以降は大きな動きはなく、東京・大阪では4トンロングを走らせることができます。福岡のように走行できなくなる車両が出る地域については、当社がうまく引き取るなどの調整をしながら、市場全体を底上げしていきたいと考えています。
4. 直近のトレンド
―― 直近で特に注目しているトレンドや動きはありますか。ユーザーの反応、広告主の展開の仕方、事業者側の技術など、どのような観点でも。
やはり、複合的に展開していくケースが非常に増えてきています。タクシーとトラックとエレベーターをすべて連動させる、といった形です。トラック1つだけで解決することはなかなか難しいので、「ここでも見て、あそこでも見る」という複合接点をつくり、クリエイティブをうまく連動させる。当社が手がけるクライアントでも、現在すごく増えています。
関東でテレビCMを実施しようとすると、数億円を投じてもあまり十分なボリュームではなく効果が出ないことがありますが、他のOOHを使って数億円を投じるのであれば実現できることは多くあります。タクシーでも見て、トラックでも見て、エレベーターでも見て、喫煙所サイネージや街頭ビジョンも東京だけに絞って展開しましょう、という形で、3〜4億円をコーディネートしていく。テレビに集中的に出稿しても2週間ほどで消えてしまうものを、トラックは1年間、タクシーも都心部で継続的に見ていただけるようにする。こうした面の接触によって、都心部の1,000万〜2,000万人規模の認知を上げていく。このやり方で認知向上のお手伝いをするクライアントが、増えてきています。
ユーザーの反応もポジティブな声が増えていると思っています。お手伝いする企業の中には「ネガティブな反応が出たら困る」と気にされる方もいらっしゃるのですが、そうしたことはほとんどありません。「トラックを見て不快だった」という声がほとんど出ていないのです。これは参入するときに強く意識していたことで、訪日外国人も増える中で、きちんとしたクライアントがきちんとしたクリエイティブで展開することによって、街の生活者が新たな発見をできる、というところに繋がってきている部分があるのではないかと考えています。参入して本当によかったと思っています。
もう一つは、モーメントを捉えたクリエイティブです。たとえばあるインナー製品のプロモーションでは、夏の非常に暑い、肌がベタつく時期に「インナーがベタつかない」という形で、そのモーメントに合わせて訴求しました。「この暑い今だからこそ効果的だ」と。非常に暑い中でふと目にして、「確かに、このサラサラするインナーがあるならよいな」と感じていただく。モーメントを捉えて展開する事例も出てきており、その領域も広がってきたという感覚があります。
5. 数ある事業者のなかでの、自社の立ち位置・強み
―― たくさんの事業者がいる中で、御社の強み・ポジショニング・役割をどう捉えていますか。
この事業に本気で腰を据え、一番初めに取り組んだ会社の一つではないかと思っています。先ほど申し上げたとおり、多くの事業者は販売のところに目が行きがちなのですが、販売は最後のフロントの部分でしかなく、どう製造するか、どう運用するかというところをかなり突き詰めてやってきました。これが、台数が増えれば増えるほど強みになっていくと強く感じています。
新規参入の事業者は2〜3台しか保有しておらず、それで手一杯になっていることが多い。拡張したときに圧倒的な差が出てくる。この製造と運用の強みは、どこにも負けないのではないかと思っています。
販売面においても、当社は代理店に卸しておらず、すべて直販です。オフライン広告に根付いた強い代理店としての立場もあり、媒体を自ら保有して直接届けられる強さもある。さらに、広告主としての側面も、代理店としての側面も、メディアとしての側面も併せ持ち、消費者としての解像度も高い──こうした会社はどこにもありません。それを少数精鋭の体制で実現している点も、当社ならではの強みだと考えています。
―― 現在の車両台数についてはお話しいただけますか。
現在は16台で、年内に20台ほどにしようと考えています。ほとんどが都内です。大阪でも展開しているので、大阪に数台はありますが、基本は都内ですね。タクシーのときもそうなのですが、広告額は東京から先に売れていく。需要がやはり違うのです。
6. 市場の今後の展望と、自社が担いたい役割
―― この市場は今後どのように成長・変化していくと見ていますか。そのなかで御社はどのような役割を担いたいですか。
将来的なことで言えば、トラックはあらかじめルートを決めて走るものですので、自動運転に乗せていきたいと考えています。普通の車よりも乗せやすいと思っていて、「この時間、このルートを走ります」ということがわかっている状態だからです。その領域を、さまざまなプレイヤーと組みながら進めつつ、社会を前進させるところに何か繋げられる一つの存在になれればと思っています。もちろんビジネスとして市場をスケールさせていく、伸ばしていくということも重要ですが、そうした実証・社会実装に乗せられるところに何か貢献できるといいなと考えています。
―― 現在はトラックが中心ですが、他の媒体にも広げていくことも想定されているのでしょうか。
そうですね、ぜひやりたいと思っているのですが、どこに可能性があるか、というところですね。可能性としては十分にあると思っていて、実装できて拡張できる可能性があると思えるものがあれば、そこは取り組んでいきたいと考えています。全体を総称して「モビリティ広告」というのが、一番きれいに収まっていくのではないかと。それを目指した狙いでもあります。
MarketIn|マーケットリーダーズ 取材・構成:株式会社デジタルインファクト
インタビュー対象者

ohpner株式会社 / 代表取締役
株式会社fluctの2代目代表として売上20億円超から114億円まで成長させ、親会社の東証一部上場に貢献。株式会社VOYAGE GROUP執行役員、取締役を経て、株式会社テレシーの初代代表として、売上を3期で78億円まで拡大。2024年にohpner株式会社代表、モビリティサイネージ株式会社の会長に就任し、オフライン広告革命を推進している。2025年8月、株式会社ラジオ大阪に出資し、大株主の一社となり、社外取締役に就任。 最新書著:『オフライン広告革命 GAFAのいない世界から広告を変えていく』